対談:アイティフォー × 肥後銀行

ブロックチェーンを活用した『終活ノート』のデジタル化

本実証事業をきっかけに終活ノートのデジタル化を構想

- 初めにアイティフォーが今回の熊本県の実証事業に応募した理由を教えてください。

儘田:アイティフォーは銀行など地域の金融機関に審査や債権管理のシステムを提供しています。私は新規事業の企画担当でして、新しい事業アイディアを構想する上で、銀行が物理的に所有しているものをデジタル化することを考えました。具体的には、貸金庫をデジタル化することにより新しいニーズが発掘できるのではないかと検討を進めていました。

今回の熊本県の実証事業はアイティフォーと、ブロックチェーン技術の社会実装を推進する株式会社chaintope(チェーントープ)が共同で実施しています。両社では以前にもブロックチェーンを活用して大学の履修証明書を電子発行する共同研究を行ったことがあります。これが私にとってブロックチェーン技術に触れた最初のきっかけでした。

今回、web3 技術を対象にした事業実証を支援する熊本県の公募内容を見て、貸金庫のデジタル化に、ブロックチェーン技術の耐改ざん性や真正性の証明力を組み合わせることにより、新しい事業を創出できるのではないかと考えました。

- 最終的に実施テーマに終活ノートを選んだのはなぜですか?

儘田:貸金庫のデジタル化は金融機関のDX支援という観点で考えついたものでした。今回の熊本県の実証実験では、地域課題解決に資する事業であることが要件として求められています。貸金庫をただデジタル化するだけでは真の地域課題を解決するとは言えないので、金融機関が貸金庫を提供している理由を深堀りしてみました。その結果、社会課題に繋がるものとして「相続」という分野が見えてきました。相続の電子化にフォーカスすれば、県民の皆様が抱える課題を解決することができるのではと考えました。

しかし、現在の法制度ではデジタルデータで遺言書を残しても法的効力はありません。検討した結果、その法律に沿う形で提供できるサービスを考え、個人の資産情報を書き留めたり、それらを残された人に託したりする終活ノートのデジタル化のアイディアに辿り着きました。

ブロックチェーンの耐改ざん性や真正性の証明力を活用

-ブロックチェーンを活用することによりどのような効果があると期待していますか?

儘田:終活ノートでは、情報開示時に記録者ご本人が生存されているとは限らない状態で受取人にノートが託されます(※2)。仮にデジタル化した場合は、複製や編集が容易なデータの形でそれらの情報が託されることになります。利用者が安心して利用するためには、受取人が受け取ったノートが記録者本人の記録したもので、その後に改ざんがなされていないことを保障されていることが不可欠です。ブロックチェーンはデータの耐改ざん性や真正性の証明力を有する技術であり、この点で有用性を感じました。

現在、法務省でもデジタル遺言制度の創設に向けた検討が進んでいて、同省が参画する検討会の資料にもブロックチェーンの活用が記載されています。ブロックチェーンの社会実装はまだこれからですが、今後の社会では広く活用されるようになると考え、その活用に取り組むことにしました。

※2:本実証事業においては、情報を受取人に開示するタイミングとして、即時・死亡時・認知症診断時が設定されています。

相続現場のニーズを知る肥後銀行と連携

- 肥後銀行の宮﨑さんに伺います。肥後銀行は今回の実証事業にモニターとして参画されました。行員の方に電子終活ノートのプロトタイプのアプリを利用してもらい、貴重なアドバイスをいただきました。協力を決めた経緯を教えてください。

宮﨑:銀行内で個人資産のデジタル管理を新規事業として実施できないか検討を進めていました。私自身も業務の中で相続に立ち会う場面があり、相続をきっかけに関係が悪くなる家族や、資産承継がスムーズにいっていないがために、遺された家族が大変な思いをする姿を間近で見てきました。こうした体験から資産のことで関係者が争うことのない世の中を作りたいと想っていました。日本人には特にプライベートなことを隠したがる性質があります。その性質を覆す、資産は生前から家族と共有し将来に向けた準備を家族全員で行う世の中にしたいと思い、新規事業を考えておりました。

高齢化が進む地域にとって資産承継は大きな社会課題です。銀行として地域課題の解決に取り組むべきだと考え、取組んでいました。個人のお客様を含む約70名(士業者含む)にヒアリングしてニーズを捉えていきましたが、事業化には至りませんでした。こうした中で、今回アイティフォー様の実証事業の話をお聞きしました。自分が目指していたことをどのように実現していくのかに興味が湧き、実証事業に参加させて頂きました。アイティフォー様が形にするものを良いサービスに昇華させ地域の皆様に提供できればいいなと思っています。

儘田:私自身は宮﨑さんのように相続に関する個人的な体験はなく、会社としても遺言信託業務に関する知見はありません。一方で、金融機関の皆さんは、お客様と日々向き合う中でニーズを把握されています。ぜひ金融機関の協力を仰ぎたいと思っていましたので、本当に有難い関係性を築くことができました。

-実証実験にモニターとして参加した感想を教えてください。

宮﨑:有用なアプリケーションだと感じました。時間があるときにすぐに入力できて、備忘録としても使えます。この種のアプリは情報の入力に手間取ったり、必ずしも正しい情報が入力されないなど、UI部分に課題があると感じていましたが、実証実験とは思えないクオリティーのアプリとなっており、懸念していた課題は解決されるよう設計されていました。一方で、現状は「ないと困る、やらないと損をする」というものにはなっていません。例えば、「生きているうちに家族と喧嘩はしたくない。私が死んだ後に決めて欲しい」というお客様も世の中には多くいらっしゃいます。このアプリが相続に対するこうした人々の考え方を変容させることできれば、大きな変化を生み出せると思います。

- ブロックチェーン技術の効果について感じたことはありますか?

宮﨑:儘田さんと議論する中で持続可能性という点でもブロックチェーンは有用であると気がつきました。遺言を残したいと考える高齢者世代だけではなく、もう少し若い年代にも資産情報を集約したいという思いがあります。若い時からデータを記録し始めると30~40年に渡るデータをどこかに保存しておく必要がありますが、一つの企業に委託するのは難しいと前々から感じていました。しかし、ブロックチェーンであればデータの引継ぎが可能なので、特定の会社に依存することを避けられます。

ライフプランサポートを目指す

-今後の展開はどのように考えていますか?

儘田:短期的な目標としては、今回の取り組みを通してノウハウを培った電子終活ノートを銀行や自治体に活用いただいて、顧客や市民へのサービス向上に繋げたいです。さらに、相続や遺言信託に関して言えば、金融機関だけでなく行政、福祉施設などの課題解決にも活用できると考えています。

例えば行政については、空き家を巡る問題や相続対象者がいない人の遺留金管理問題、身寄りがなく亡くなった方の葬儀代を自治体が肩代わりしている問題など、生前に資産情報やそれらを託す人が整理されていることで解決できそうな問題があります。今後も自治体にヒアリングしていきながら、公共向けのサービスにも展開していきたいです。

また、最終的な展望としては2つあります。ひとつは電子終活ノートからライフプランサポートノートに拡張し、高齢者中心ではなく、より多くの世代のニーズに応えられるものにすることです。特定の人に情報を共有するニーズは、相続時に限らず、結婚出産や家を買うタイミングなど大きなイベントの前後にも生じます。人々のこうした幅広いニーズにお応えする形でノートを拡張していきたいと考えています。

さらに、ひとつひとつのイベントの中で生じるニーズに対して、地域の企業がサービス提案をできるようなプラットフォームを構想しています。あるサービスを受けたいと考えるときに、どうしても東京の大企業は知名度があるため、優位な立場となります。。熊本にもこういったサービスがあるということを地域の企業が発信できるようにすることが、もう一つのゴールです。

-肥後銀行としての展望はいかがですか?

宮崎:地域の課題解決に貢献すべく、お手伝いできるところは積極的に連携していければと思っています。今後さらに具体化を検討し地域の皆さんのお役に立てるサービスとして提供できるようにしたいと考えています。